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パリ&フランクフルト奇行紀行 その1

3 Comments 旅行記,

旅立つきっかけ。

友人がイギリスに転勤になったので、アジア圏を出た事がない僕はなんとかしてヨーロッパへ行きたいと5月頃から探していたのだが、なんだかんだで決まらず7月に。
というのも5月に母方の祖母が亡くなったり、3万人規模の某チャリティロックフェスのサイト製作がピークなど仕事もバタバタしていて、何かと忙しかった。

で、葬儀を終え、7月頭に一段落ついた母が
「ヨーロッパに行きたい」
と言い出した。

これは渡りに船だ!&親孝行でもしようかという事で、近々でいけるツアーを探すが全然ない。
インターネットで探した結果、フランス&ドイツの旅8日間に決定。
往復の旅券とホテルのみ。
立地的に難しいモンサンミッシェル以外のツアーは申し込まず、自分で探す事にする。

ICE(ドイツ特急)の乗り放題ジャーマンレイルパス、フランスのミュージアムパス、ご飯など決める事が沢山あったが、何せ出発日の19日に、過去最大の台風が日本列島を直撃するという事で、切符が買えない。
(もし飛行機が欠航になったら3万円する切符が無駄になる)

前日、予定を考えたり仕事を前倒したりでほぼ徹夜。

家を出発。
6時5分、MK乗り合いタクシーに乗り込む。

8時、関西国際空港到着、チェックイン。
なんとか飛行機が飛びそうで安心する。

関西国際空港からオランダアムステルダムのスキポール空港まで、フライトは12時間20分。
台風のため、若干早めにフライト。
飛行機が宙に浮く瞬間、「フゥ〜!」隣の母が軽く叫ぶ。
中学生か。
進路は一旦北の方へ。追いかけてくる台風から逃れるためか、新潟上空を通過して徐々に西へ。
最初の方は揺れていたが、そのうち落ち着いてきたので、マッハで寝る。

2時間ほど経過、昼ご飯はチキンを選択。
割と美味い。

一度寝て起きた後、昔頂いたダウンタウンガキの使い罰ゲームのDVDを見て過ごす。

さらに寝て9時間くらい経過。
時差バリバリ(8時間)なので、現地時間ではまだまだ昼間だけど、軽い晩ご飯を食べる。
トマトとほうれん草のパスタ。
KLMオランダ航空、飯が美味い。
出発してからずっと昼間なので若干面食らいながら外を眺めると、コペンハーゲン上空。
街が点在。
快晴のため、陽光を受けてため池や湖が輝きとても奇麗。


スキポール空港に止まる可愛い色の飛行機。

12時間のフライトの後、オランダはスキポール空港に到着。
乗り換えの間に、空港に入ってくる飛行機を眺めながら、チョコレートカフェにてお茶をする。

こうやって並べたらなんだか斜めに写真がずれているんじゃないか?と錯覚するようなデザインのティーカップと生ホワイトチョコレート。
お洒落だけど決して美味くない。

トランジットでパリに向かう飛行機が来るまでの間、向かいの席ではしゃぐフランス人チャイルド相手に顔芸で時間をつぶした。

オランダ時間で17時20分(日本時間で24時頃)、パリに向かって飛び立つ。
飛行機はフランス語が飛び交い、前後席の体臭が徐々に体力を削ってくる。
「落ち着け、日本人である僕たちも、きっと味噌臭いはずだ!お互い様だ!」
と自分に言い聞かせ、耐える。
台風の日本とは打って変わって天気のいいオランダの空から見た町並みは、リアルシムシティだった。
(凄い可愛い)


KLMオランダ航空パリ行き。窓から自分の荷物が載せられていくところを見る

現地時間19時過ぎ、パリに到着。
送迎のタクシーはなんだかベトナム系のお兄ちゃん。
高級な電気自動車でのお迎えは良いんだが、このドライバーも含めてパリの車、全員運転荒過ぎ。
一回人を轢く直前までいってた。(人までの距離20センチくらい)

20時、ホテル着。
今回の旅はフランスの治安に不安があったため(ドイツはなんとなく安心出来るイメージ)、お金を払ってホテルのグレードをあげたのだが、それでもあまり奇麗では無い。

日本人丸出しの僕が求めるホテルは何よりセキリュティなのだが、楽勝でオートロックではない古い鍵。
良く言えば古き良きヨーロッパの建物って感じ。
調度品は確かに渋い。あと部屋がとても広い。
パリの宿は狭いと聞いていたので、グレードをあげると部屋が広くなるということか。

セーフティボックスを使おうと思ったらデポジット30ユーロで鍵を貸し出しなのだが、借りた鍵を差し込んでもセーフティボックスが開かない。
何度試しても開かないので、フロントに「開かないぞ、開け方を教えてくれ」と聞くと、怪訝な顔で
「Why?」と聞き返してきやがった。
こっちが聞いてるんじゃい!
若干イライラしながら左に回すんだと言われた通りに回しても全然開かない。
コノヤロウ・・・と思いながらもう一度開かない旨をフロントに伝えにいくと、この中華系のフロント、僕が行くなりいきなりデポジットの30ユーロを突き返してきやがった。
まずてめえの設備が壊れてるかどうか、チェックぐらいしろや!

若干不愉快さを感じながらも晩ご飯に出かける。

飛行機疲れもあって、近くのムール貝推しの店に入る。
入るなり「コンバンハ」と黒人に声をかけられる。
フランスに居る間中、一度も中国人に間違われた事がなかった。
母は「品があるからじゃない?」などと笑っていたが、いやホント、彼らは本当に品がない。

ただ町中で見かける日本人はみんな小さくなって歩いてた。
ずっと静かで、食事などウェイターを呼ぶときだけいきなり大きな声で
「Excuse me!!」
たしかにこっちの人はびっくりするかも。
とりあえず「自分の意志を伝える」攻めの姿勢で行く事を誓う。
料理はあまりおいしくはなかったが、黒人ウェイターが逐一日本語で
「イタダキマスー」
「オイシイ」
と聞いてくるのがなんかよかった。

会計はテーブルチェックが基本のようだが、「チェックプリーズ」と言うとウェイターではなくフロアマネージャーみたいな人が請求書を入れた皿を持ってくる。
そこにお金を置くと、ウェイターが今度は自分の財布!?からおもむろにお釣りを出してくる。
自分の国にチップの習慣がないので渡し方が不細工になるが、感じのいい黒人ウェイターに1ユーロほど渡しておいた。

フランスは日が長いので、夜8時、まだ明るい。
なので町中を軽く散策、フランス革命でギロチンが置かれてブルジョワが処刑されまくったコンコルド広場あたりまでをうろうろした。


パリの中心、オペラ地区夜9時頃。HTC EVOのカメラで。

町中にはコンビニも少なく、自販機なんて全くないが、どこにでもカフェがあり、どこででも老若男女がお茶をしていた。


オーステルリッツ記念柱。

風呂に入って明日からのパリ観光に備えて寝る。