こんばんわ、やっちんです。
そういえばバブル真っ只中、両親が髪を振り乱して働いていた頃、当時高校生だった僕は
「冷めた弁当が嫌いだからイラン!」
とふざけた駄々をこねて(笑)、当時出たての保温弁当を持って学校に行っていたことを思い出しました。
そう、それは僕の唯一の反抗期。
ちっとも僕を筆頭に三人の兄弟を省みてくれない両親に対して募らせた不満、それはいつしか取り返しのつかない過ちに・・・
別になりませんでした。
兄弟仲良かったし。親子も仲良かったし。
ただ酷いクソガキでした。今もそうですが。
で、当時の保温弁当箱はなんか巨大魔法瓶か工具セットか!ってくらい重くてでかくて、それでも暖かい(ぬるい)味噌汁が入ったりする設計に心躍って学校に工具セット、否、保温弁当を持っていきました。
今考えたら程度の悪い高校でしたから、ヤンキーに
「お前の弁当箱なんだよそれ!」
「オラ、振ったら味噌汁ぶっかけご飯になんだろうが!」
とかいって苛められなかったのが奇跡だと思います。
以下に訳の分からん弁当を持ってくるかに腐心していた奴ら友人には恵まれました。
(インスタントラーメン「ラ王」と魔法瓶もって来る奴とか、カレー持ってくる奴がいた)
今はこんなに小さくなっているんですね。
忙しい中、弁当を作ってくれた母親、一生懸命働いていた父親。
当時は文句ばっかり言って申し訳なかったな・・・と思いながらもなかなか伝えることは出来ません。
今日も出来なさそうだ。
(自分でゼリー作ろうとして液体固体が飛び散り、めちゃくちゃになってしまった家の台所、キッチンを呆然と眺めながら)