こんにちは、富士山に行ってきました!(高速SAのお土産の名前の体で)
やっちんです。
2年前から富士登山を行っており、毎年悲惨なめにあいながらも、6月ごろには
「今年は何日に行く?」
行く前提で話題が上る我らが富士登山ドMチーム。
登山ルートを選んだり、宿を予約したり、交通にかかる時間、費用、めんどくさいこと山盛りなのですが、なんだかんだで毎年の楽しみになっており、また、過去二回の登山では満足する登山にならなかった(初年度は雨と霧と豪風が凄く、気がついたら登山、登頂、下山が終わってた。二年目は夜中に暴風雨に会い撤退)ためにリベンジに燃えていたと言うこともあり、準備はバッチリ整えました。
今回登るのは「須走口」。
5合目から6合目まで緑が多く、下山道には「砂走り」と呼ばれる砂で出来た斜面をすべるように下りることが出来るルート。
宿泊は本八合にある「胸突江戸屋」。
初年度からの参加メンバーであるキック(某ライブハウスのパンクス照明)から
「出来るだけ高いところで宿泊して、ご来光を拝みたい」
という意見を聞き、ここに決める。
須走ルートは他の登山ルートと比べて人気が少ないせいか、2週間前の予約でも部屋は空いていたが、人気の吉田口のルートの宿は全部埋まっていた。
近年富士登山がブームで、あまりにも人が詰め掛けるために、登頂付近では登山者渋滞が起きる(酷いときには1時間数メートルしか動けないとか)と聞いていたため、人気の無いコース、そして平日を選んだ。
宿からは「午前中からの登山をお勧めします」と言われていたのだが、なにしろ関西からの遠征であるため、登山口につくまで8時間ほどかかる。
天気を見て簡単に日を変えるなんてことも出来ない。
当日まで、ひたすら晴れることを願っていた。
・
・
・
当日、快晴。
午前5時に神戸三宮は生田川IC前に集合。
メンバーは6人、いずれも普段不摂生ばかりの音楽関係の人間ばかり。
朝の渋滞に巻き込まれないうちに高速に乗る。
12時ごろ、最後のSA,富士川サービスエリアにて昼食を取る。
ここからは富士山が見えるのだが、バンド時代にツアーで通りがかったときはいつも見られたのに、富士登山の時はいつも雲に隠れて見えない。
ヤツはかなりのシャイだ。
13時過ぎ、富士山須走口5合目登山口に到着。
天気はまずまず良し。
時間が遅いせいか、思ったほど登山客は多くない。
ここで14時まで着替えたり高度順応して過ごす。
14時、登山開始。
長時間車で過ごしたストレスから開放されてか、皆の足取りも軽い。
しかし、富士山は普通の登山と違い、とにかく「高山病」が天敵。
ゆっくり登る以外の回避法が無いのは、初年度に高山病を患った者としてよく知っているので、とにかくゆっくりあることに努める。
雨は降りそうに無いが、山自体が雲に巻かれているため、涼しいけど太陽光は注いでこない、一番登りやすいスタートだ。
最初は石で出来た階段、次に広めの登山道、そして木の根っこが出てくるなど、順々に険しくなっていく。
ほかの登山コースと違い、須走ルートは植物が豊富で、苔フェチとしては緑のビロードに満足しながら歩く。
出来るだけ汗をかかないペースで、ゆっくり。
急に視界が開ける。
すると見慣れた荒涼とした岩肌。
まだまだ元気なnamidacoat秋山(初参加)。
高校時代はサッカー部だったというそのいでたちが頼もしい。
僕はといえば高山植物に夢中。
僕のブログですが、僕はまったく写っていません。
霧(というか雲)とは抜きつ抜かれつで進んでいく。
初年度はあまりの濃霧で体が濡れて冷えて大変だったが、今年は心地よいミスト感覚。
風が強くて片側にしか葉がない木々。
だんだん天気が良くなり、上のほうも見渡せるようになってきた。
雲の上に抜ける。
遠くを見れば、雲の先に街が見える。
一番高い雲と同じくらいの位置にいるようだ。
このあたりで頂上が見える。
写真右下にコラージュのように写っているのが、チームのペースメーカー、今村。
この5,6日富士山に登った後、いったん神戸に帰って7日には東京でライブといういかれたスケジュールを組んだ。
見晴らしが良くなると俄然登るのが楽しくなる。
遠くに色んな形の雲があるなぁ・・・なんて見とれていると、
気が付いたら間近に接近していてびびる。
雨雲だったら上からのみならず横から下から雨に叩かれて悲惨なことになる。
長い5合目を抜け、6合目の山小屋にて休憩。
携帯が入るのでみんなしてブログやtwitterに夢中。
秋山、登山者が焼印を入れて杖にする、金剛杖を買う。
この山の大きさに比べたら、人の大きさなんてほんとゴマみたいなもんです。
秋山、「杖、邪魔っすわ!」かばんにしまう。
以後、このでかい棍棒が非常に登山の邪魔になる。
日が傾き、「影富士」が現れる。
おそらく日本一大きな影であろうこの姿に全員、感動。
某ライブハウス照明の「"抱かれたい"女性no,1」、キック。
初年度では高山病は平気だったのに、富士の余りに凄い斜面を見て3D酔いして吐いた経歴の持ち主。
山中湖がとても綺麗に見える。
時間とともに影富士はどんどん大きくなってくる。
この時点ですでに5時を過ぎている。
山小屋に着く時間が心配になりながらも、高山病対策のため歩速を上げられない事にやきもきする。
7合目あたりで、さすがに疲れが見え始める。
マジックアワーに差し掛かるころ、最大になった影富士は、ぼやけ始める。
20時ごろ、ようやく本八合目の「胸突江戸屋」に到着。
一人が高山病にかかったため、チームから衣類や水を集めて、休ませる。
ほかのメンバーは晩御飯、カレー。
高地なため、呼吸が浅くなり食が進まない。深呼吸をすると途端に心臓がバクバク言う。
皆なかば無理やりカレーを胃に収めるも、秋山のみペロリと平らげた挙句、人の残したカレーにまで手をつけてさらに山小屋の晩御飯メニューを眺めていた。
牛丼は1000円、カレーは1500円、水のおかわりは有料、ポカリスウェット500mlが500円、トイレは有料100円。(宿泊者以外は200円)
寝所はタコ部屋に押し込められて布団は二人で1枚。
基本寝るというよりは仮眠所。
どこの宿でもこんな感じで、高所の宿ほど値は上がる。
富士山ではブルドーザーで荷揚げし、水の沸点が頂上で88度と低いため、調理が難しい。
なので、物価は勿論高いし、サービスなんて求めてはいけない。
ここ胸突江戸屋さんは寝るとき足を伸ばせたし、高山病にかかった人間にも親切でした。
むしろ客の方がずうずうしい人間が多く見えた。
メンバー全員川の字になり、無理やり寝る。
途中何度も目が覚めては、軽い頭痛に「高山病にかかったんじゃないか!?」と心配になりながら、起床時間を待つ。
富士山頂上でご来光を拝むためには、この本八合を2時に出ないといけない。
というのも、この本八合で「吉田口」「河口湖口」の登山客と合流するので、登山者渋滞が起きるためだ。
近くにいたおっちゃんの話では、地元静岡の新聞では毎日「今日は100メートル」などと登山渋滞情報が出て、夜中の登山風景の写真が掲載されるらしい。
真っ暗な夜に、富士山の登山ルートにそって登山者のヘッドライトが一列になってなかなか綺麗なのだ。
午前2時、準備を整えて宿を出る。
もう吉田口から来たツアー客でごった返して凄い人の量になっている。
本八合登山口まで人があふれ、ツアーコンダクターがあちこりで
「~~ツアーの皆さん~ここで休憩しますー」
「~~さんは大丈夫ですかー?みんないますかー?」
と叫びまくっている脇を通って、登り始める。
噂には聞いていたが、平日にもかかわらずものすごい人で、なかなか先へ進めない。
月明かりでみえるかすかな頂上への影に向かって、ジグザグの登山道にそったヘッドライトが並ぶ。
とても大きなクリスマスツリーのようでなかなか綺麗だが、登山客の中にはなにかの宗教の修行者がいるのか、あちらこちらから念仏が聞こえてとてもシュール。
午前3時にもなると、あちこちの道端でへたり込む人が増えてきて、ツアー客は渋滞を作り出し、勝手な体力自慢は崖のそばから順番を抜いて登っていき、落石を発生させる。一度本当に危なかった。
もちろん互いに助け合い、ツアー外の人までサポートするツアコン、譲り合う人たちもいる。
富士9合目は、人間の本性が見えるところなり。
むろん、われらがチームはきちんと助け合えるチームなり。
ただ、人ごみの中どうしても離れるため、確認のためにお互いの名前を呼び合うも、
「よそのように、うちもチーム名で呼び合おうよ」
という提案に困る。チーム名が無い。
「チーム『狼は生きろ、豚は死ね』、ちゃんといるかー?」
「チーム『棍棒』、ちゃんといるかー?」
毎回適当なチーム名を叫んだが、通じなかった。
・
・
・
渋滞と高所にてメンバー全員疲労困憊。
9合を過ぎたあたりで空が白んでくる。
雲海の向こうに日が昇ってくるのがわかる。
一時はあきらめて9号5勺でご来光を見ようという話にもなったが、最後の一踏ん張りでぎりぎりご来光前に登頂成功。
脱落者なく登頂できたことに感動しながら、日の出を見守る。
ご来光を浴びて赤く染まる日本最高の3776m地点、剣ヶ峰と富士山観測所。
一気にあたりは騒がしくなり、山小屋はみやげ物を売るのに精を出す。
各登山口から集まった人、人、人は皆元気。
登頂すると疲れは本当に吹っ飛ぶ。
完全に日が昇った。
なんかボス敵が出そうな絶景。
朝日を受けて男前はさらに輝く。
沢山の人が、雲の上に立つ。
雲もご来光に照らされる。
現在大絶賛製作中の今村モータースセカンドミニアルバムのアー写が出来る。
後ろになにかが写りこむ。
一息ついて、火口を覗いて、頂上の神社におまいり、お土産を買う。
高山病の症状が出ている人間も増えてきたので、早々に下山を始める。
出発も朝早く、山小屋でもほとんど寝られないため、朝日を受けての下山は眠気との戦いでもある。
事実、暑い山肌で寝ている人間も多数いた。
僕はといえば、砂走りのために温存していた体力をフルに使って砂煙をあげながら走ってたので、写真は以上です。
午前9時ごろ、無事下山。
10時ごろ、須走温泉時の栖「天恵」にて風呂、昼飯、2時間ほど仮眠。
午後2時、帰途に着くころ、雨がちらちら降り始める。
温泉でであったおじさんが、
「ワシはもう50回富士山に登ったけど、満足いくご来光を見れたのはほんの5,6回だよ」
と言っていた。
僕らは3度目にしてようやくだったが、晴天、影富士、流れ星、ご来光、脱落者無し。
今回の富士登山は、100点満点だったと自信を持っていえる、素晴らしいものだった。
帰り道、口々に
「8合目手前がマジでやばかった!」
「9合目で吐いた時はもうだめだと思った!」
などと盛り上がっていたが、僕個人としては、登山なんて屁でもなかった。
帰り道の名古屋で「富士で便秘になったから」と言ってお腹を下すために食べたコーヒーソフトクリームが帰宅直前に炸裂、駐車場から荷物をほったらかして、家までをお尻押さえながら”寄せては返す下痢の波”と戦ってへっぴり腰で歩いた200メートルが一番つらかった。
32歳にもなって漏らすところだった。
来年は屋久島だとか案も出ているが、とりあえずチーム名を決めておこうと、心に誓った。
(終わり)