「スタジオ作ればええやん」
きっかけは、当時バンドで使っていたスタジオ店長の言葉だ。
僕らが練習で使っていたのは、神戸三宮にある部屋が二つしかない小さなスタジオで、大学を出て部室を使えなくなった(卒業して暫くは後輩に迷惑な先輩として部室使っていたが)僕らは、昼夜問わずそこを利用していた。
スタジオ店長はご多分に漏れず古いロックが好きで、よく店のテレビはThe Whoやローリングストーンズのビデオが流しっぱなしになっていた。
僕はどちらかというとセンスや感情などという言葉が嫌いで、
「なぜ、そうなのか」
「どうしてこうなるのか」
にはきちんとした理由と理論がないと納得出来ないタチで、(そのくせドラムスタイルは感情に任せて叩くという難物なのだが)そのため「分かる人」「説明できる人」を妄信的に崇拝する。
そして当時Cubaseという音楽制作ソフトを買ったばかりの僕は、Pro Tools全盛の時代にCubaseを使っているスタジオ店長から、バンドの休憩時間や個人練習の合間に色々教えてもらうのがとても楽しみだった。
スタジオは結構狭くて、ドラムを全力で叩くと他メンバーから「シンバルがうるさい」と苦情が来る。
加えておそらく自分の耳も将来的に心配なので、ミュート(シンバルにガムテープなどを張って消音する)する。
そして練習するたびに
「Bさん(店長)すみません、ガムテープ貸してください!」
と店長にガムテープを借りまくっていた。
実際に僕がガムテープを使う量は半端なく、正直僕一人でほとんどのガムテープを消費していたにも関わらず、Bさんはいやな顔一つせずに「ほいほい」とも「はいはい」ともつかない返事で、黒いガムテープを貸してくれた。
ある時、個人練習でドラムを叩いていた日、
「ドラムって損ですよね~。練習するのがまず大変なんて他の楽器に比べたら凄くハンデですよ」
僕は当たり前の不満を店長にぶつけていた。
実際どこのバンドでも「ドラマーが脱退」というのは一番多いと思うし、一番聞く。
「なんでドラマーはよく脱退するのですか?あのバンド好きだったのに」
とか質問されることがあるが、僕もドラマーなので困った顔しか出来ない。
話がそれた。
「最近後輩から古いドラムセットを安く売ってもらって、ミニキットを作ってみたんですよ。親父の会社の倉庫に寝てますわ。」
相変わらずどうでも良い事をくっちゃべっている僕に店長が言う。
「じゃあスタジオ作ったらええやん。そんな完全なものじゃなくても、ドラム叩ければいいわけやし。」
そうか、無ければ作るか…それを聞いてさっそく親父に相談する。
実際にスタジオを自作する事は可能なのか?
「作れ。」
意外にも親父はノリノリで、作業工程も金額も労力も考えないまま、僕は工場二階の倉庫を整理始めた。
数ヵ月後、荷物の山だった倉庫に何とかドラムセットが置けるようになり、シンバルや太鼓に布を巻きつけて消音しながらドラムを叩くことが出来るようになった。
何の空調も無い倉庫は暑さと湿気と埃で悲惨な状況だったが、ドラムを叩くという快感はその全てを帳消しにしてしまう。
汗だくになりながら音がならない自分のドラムに酔った。
そうやってひと段落したある夜、ギターのアキヒロから電話がかかってくる。
アキヒロ「Bさんが亡くなりました。」
??
余りにも突然の電話に訳が分からないながらも、こういう時は何故か冷静。
事情と御通夜などはどうなるのかを聞く。
「僕も~~から聞いた話なんですけど、御通夜は実家が~~県なので、そちらでするようです。スタジオはオーナー?が開放してくれているらしくて、縁のある人は明日の晩、スタジオで別れを惜しんだりするそうです。」
「ほな明日ちょっといこか。」
あまり現実味を感じないまま、次の日の夜、スタジオ前でアキヒロと待ち合わせる。
スタジオに足を踏み入れると、知っている人も知らない人も、怖い人も年下も、私服も喪服も色んなジャンルの人が集まってダベっていた。
普段のスタジオにあるまじき人口密度の高さに居心地の悪さを感じながら、そこでバイトをしていた某さんを見つけて事情を聞く。
刺青バリバリのおっかない見た目なのだが気さくな人で、飄々と事の顛末を語る。
「そこで亡くなってたらしいから、みんな缶コーヒーとか花とか供えてるけどな。ちょっと手合わせていってやってくれるか?」
言われたとおりに手を合わせ、スタジオを見て回る。
おそらくスタジオはもう閉店になるだろうし、われながらどうかしているが、Bさんと話していたスタジオの防音材の貼り方を見ていたかったこともある。
「まぁ後日どっかのバンドから連絡あると思うけど、遺品っていうか、音楽的なものについては親類方の好意で形見分けされるかもしれんからな。」
某さんに言われ、別にいるもんないわ…とか思いながら帰る直前、ふと思い出した。
「あ、某さん、ガムテープ、もらっていっていいっすか?他は結構ですので。」
某さんは理解に困る顔をしながら、
「?それくらいやったら今持って行っても構わんやろ。(ミキシングルームに入って)ほれ、これでええんか?」
「ありがとうございます」
正直Bさんが亡くなったのが何月だったかさえ、覚えていない。
僕がアノ人と交わした言葉で一番印象に残っているのが
「ガムテープ貸して下さい。」
「ほいほい。」
であり、使うのが供養かな?と勝手に考えつつ、もらったくせに部屋に置きっぱなしのためなかなか減らないガムテープを見るたびに、なんだか間抜けていて良いなぁと不謹慎ながらも思ってしまうのだ。
そして僕はスタジオを作った。
はい、もう完成から1年くらい経過しているでしょうか!?
スタジオが出来るまでをドキュメント形式でお送りしていたはずのこのコーナーを、写真整理するまで忘れてました!ココまでの経過を完全に忘れているので、自分で過去のコーナーを読み返してから編集しております。
たしかスタジオ作ってて、壁が出来て、内装をはじめたんです。
まずはコンクリートの素と砂、水を適量混ぜてコンクリートを作ります。
床はしっかり作らないとね!
とはいえ工場なので床もなんか波型の変な床。
平らにするためにコンクリを盛ります。
コンクリ畑の出来上がり。
これが乾くまでに数日待ちます。
ドラムが工具にまみれて悲惨なことになっております。
固まったら今度は床の下に断熱材を敷きます。
寒いの嫌だから。
部屋の隙間には鉄板溶接でフタをします。
木を渡して断熱材を敷いた上にベニヤ板を二重においていきます。
これがまた重い!
敷いたベニヤ板の上にボンドをぶち撒き、カーペットを敷いていきます。
けして息子の不出来さに嘆いているわけではありません。
部屋の隅を接着しています。
久しぶりに不審者が登場します。
天井につけた凸凹埋め用のパテを削って平らにしていきます。
ずっと天井を向いての作業は地獄!
天井が平らになったのでペンキを塗ります。
これも辛い作業!
塗りすぎたら天井から落ちてくるし腕は痛いし腰は痛いしミケランジェロの天井画の大変さにびびる。
こっちは白一色ですが…。
お次は壁。
これは扉ですが、壁に電動釘打ち機で打ち込んでは棒で平らにならしての繰り返し。
次は化粧板にオイルステインを塗ります。
なんか木がかっこよくなるの。
オイルステインを塗った木を壁紙(壁にカーペットの荒業ですが)の隙間に貼り付ける。
ほら、部屋っぽい!
扉も大迫力!(重い)
さて、部屋がほぼ出来上がったので、親父のゴミ自慢のスピーカーを二階スタジオに運ぶ。
運ぶって重量300キロあるんですよ!
できるかぎりばらして、あとはクレーンで一気に運び込みました。
この高音用のホーンも塗料を綺麗に塗りなおしてやったのに、「音が気にいらない」とかで使わないでやんの!
キー!
ガワ(スピーカーの外の箱部分)を運び込みました。
人間はこのサイズです。
作業着がなんとか神戸のスタッフTシャツ?いいえ、宣伝用にわざわざ着たんです。
そして完成!
喜びのドラムを叩きまくる!
製作品目:マイスタジオ
製作期間:1年とちょっと(片づけを含めて)
製作費用:聞かないで
製作人数:ほぼ二人(搬出やら手伝ってもらった)
あとがき
まぁ防音という性質上、まだまだ完成とはいえませんし、素人が作っているものですから突っ込む部分も多いと思います。が、ひとまずドラムを叩けるスタジオという当初の目的を達成したので、ここで完結です。
方々から「スタジオ製作日記まだかよ!」と催促を頂きました、こんな馬鹿げた事に興味を持ってくださった皆さんにお礼申し上げます。
完成してよかった。
「言ってくれたら手伝ったのに!」
ありがたいです。
出来るまで誰にも言わなかったのは、有言不実行になるのが怖かったからです。
投げ出さずに何かを成し遂げるというのは自信につながります。
また何か、くだらないことを企んでみようと思います。
つうわけで前回出てきたクレーンのレール。
この黄色いところの上をごっついクレーンが電車みたいに走っていくんですが、スタジオの中をクレーンが走り回っていたらそれなんてアミューズメントパーク?って事になりかねないので、クレーンを部屋の外で使うようにし、中では使用不可にしてしまいます。
ペンキで綺麗に塗っていきます。
なんかちょっと船の中みたいでかっこいいですよね。
全部塗ったらこんなかんじです。
壁の白いのがコンセントです。
次に、レール(鉄)と壁(石膏ボード)の隙間をシリコンで埋めていきます。
部屋に一部の隙もなくすことで、中で練炭炊いたときにその効力が100%発揮されるからです。
(自殺ダメー!)
このような大きな隙間には
余った石膏ボードを同じ大きさに切り抜き、ボンドで接着、固まるまで万力で抑え固定します。
レール部分の細かい穴には、
同じ形の石膏ボードを切り抜き、
ボンドで貼り付けその後レールとの境目をシリコンで固めます。
こんな感じで完全密室殺人事件完成。アリ一匹、君一匹逃さない!
入り口の壁を裏から見たところ。
レール部分の壁を作るのが非常に困難。
グラスウールを貼り、ボードを固定するための板をつけます。
天井を作るために屋根裏に上っていたところ、鉄骨の間からこの倉庫を作ったときに大工が屋根裏に放置したと思われる缶ジュースの空き缶を発見。
ごっついスチール缶でメーカーは「弘乳舎コーヒー」。
聞いたことねぇ~!
昔ながらのプルトップ缶(フタを取って飲むタイプ)数十年前のものだと思われる。
だいぶ部屋らしくなってきました。
この頃は冬。11月くらいかな?
壁を作ったらストーブの効き目がぐんと上がって嬉しかったのを覚えています。
とまぁそういうわけで、
高所での作業もなれはじめたころが一番危ないですが、このころになると身体に変な湿疹が出来ても気にならなくなってきました。
この画像も左に回転させると
キン肉ドライバーの特訓中みたいですね。
さて、壁も天井近くまで貼りました。
部屋を作るときの困りごとの一つとして、
「建物内に備え付けられたクレーンが邪魔になる」
ということがありまして。
というのも、この建物内には天井近くにレール(電車みたいな)が架かっていて、そこを電動のクレーンが走っているのです。
このレールのせいで、
石膏ボードを複雑に加工し、
そのレールの出っ張り具合にあわせて貼っていかなくてはなりません。
これが非常に面倒くさい。
そして部屋にコンセントをつけるための電気を引かねばなりません。
ちなみに電源の工事を行うには電気工事士の資格が必要です。
素人が勝手にやってはいけません。
上からケーブルを下ろし、
コンセント予定地に通します。この後コンセントの部品をつけます。
これでコンセントにシャーペンの芯を突っ込んで感電ごっこ出来ますね!
(やっちゃ駄目!絶対!)
さて今まで採光していた窓ともお別れです。
外から見えないように窓を黒く塗りつぶし、その上に壁を作っていきます。
資材も全然足りないので買い足しまくります。
工場には200Vの動力が通っていて、触れたら即死だそうです。
洋物ギターアンプに直でつなぎたいですね。
親父の説明は
「握ったら手の筋が勝手にケーブル握りこんで離せなくなって即死するぞ。」
「あんときは死ぬかと思ったわ。」
なんか矛盾してます。(触ったんかい)
なので、そのむき出しの200Vを絶縁すべく、ゴムチューブを切り、
カバーしていきます。
これでドリフの爆発コントみたいな死に方しないですんだね!
屋根裏にもグラスウールを敷きつめ、石膏ボードで挟み込みます。
連日40℃を越す天井で行われる作業は、ビリーズブートキャンプなんて比じゃない(と思う)。
暗い汚い高い狭い危ない、こんなところに幽閉だけはされたくないですね。
天井と壁がじりじりと出来上がってきました。
今度は入り口となる壁を作ります。基本的には一緒だけど、今までと違って何も無いところに壁を作るのに往生します。
なんとか四方の壁が作られてきました。
というわけで壁がひと段落してきたら、今度は天井を作らないといけません。
高さ3mの支柱に鉄の梁を渡していって、落ちてこない丈夫な天井を。
まず鉄工団地と呼ばれる近所の工業地帯に出向き、6mのCチャンと呼ばれるコの字型の鉄骨を20本弱買って、死ぬ思いで2階に上げます。
(もちろん後日トラックにて配送を頼みました。)
鉄骨を切っていきます。
(写真で切っているのは梁を強化するための小さい鉄骨です。)
梁を筋交いで補強します。
縦に柱を立てて
ダンボールが丈夫な理屈ですね。こんな感じで筋交いを作って丈夫な梁に変身します。
アーク溶接後に出るスラグというゴミ?をケレンというハンマーみたいなもので取っていきます。
鉄骨 on 鉄骨するためのパーツを作ります。
鉄骨がさびないよう、アルミ入り銀色ペンキで表から裏から前から後ろから辱め、塗装します。
縦に走らせる柱は丈夫さが必要なので、抱き合わせて強度を高めます。
そして溶接→塗装のコンボで相手をマットに沈めます。
鉄骨を組み合わせるためのパーツも付けます。
このアホみたいに重い鉄骨を3mまで持ち上げるには滑車を組み合わせます。
そして戦いは空へ移ります。
部屋(予定地)は横幅8mあるので、6mと2mの鉄骨をボルトでとめて溶接→塗装します。
上が梁、そして縦横に鉄骨を走らせます。
高所作業がマジで怖い。空から火花が降ってくる。
みんなは室内で溶接なんてしちゃ駄目だよ!
さて、もともとある天井というか屋根ですが、建物がかなり古くなっているので穴が開いています。
これは雨漏り怖い。天井を作る前に片付けておかないといけません。
ここで出てくるのがガラスクロスとポリエステル樹脂。
穴にガラスクロスを当ててポリエステル樹脂(鼻水みたいな液体)を塗りたくるとあ~ら不思議。
できたものがFRP(船などの材料に使われる硬い繊維強化プラスチック)!
はい、よっぱらったおっさんがどっかの家の壁に立ちしょんべんしたみたいになりましたね。
乾いたらカチコチで水も通しません。
だんだん物々しい雰囲気になってきました。